Monday 9 December 2013

11.打破


Ⅰ:ただね、鎌倉幕府の成立から応仁の乱までは280年くらいしかないんですよ

  
んでも平安朝くらいまでの日本ってどれくらいの人が文字の読み書きできたんですかね。
やっぱり中央の貴族とか地方豪族とか支配階級の人ら限定ですかね。

まあそのほうが日本全国という横の面でも、時間という縦の線でも、情報管理がたやすく、民衆を支配するにはなにかと便利だったりするんですかね。
そもそも読めなきゃ何書こうが読まれる心配はないですし。

今だって、たとえばロシア語で書かれた文章を見せられても、それがどれだけ重大な情報だろうが僕には無価値ですからね。

(注:偉大ですグーグル翻訳・2013/12/02(注:いつもお世話になっているので・2013/12/02))


もちろんネット翻訳なんてしませんしね。
したところでワケがわからんかったりしますしね。

(注:おっと、そんなことはまったくありません、要は使い方です・2013/12/02)



は、さておき、そんな意地悪な発想ではなく、単に自分が生まれついた狭い共同体を唯一の世界として一生をすごしたろう当時の民衆には文字は必要無かったんですかね。

人生接するのはすべて顔見知りの人たちという環境下で。
その共同体でつつがなくお付き合いができる程度の話言葉の語彙があれば十分で。

なにげに、たまに文字を勉強するような人がいれば「お前、そんな人生に必要ないもんにうつつをぬかしてるんじゃない、この道楽者!」みたいな感じで親に怒られたりしちゃったんですかね。


つうか、そもそも当時の民衆は狭い共同体を唯一の世界として一生をすごしたんですかね。
当時の民衆には移動の自由はなかったんですかね。

支配階級と民衆。
そこに流動性は一切なく、当時ははっきりと二分化してたんですかね。


それはまさに奴隷社会。
打破できてよかったではないか。
鎌倉幕府の成立こそまさに革命だ。
と安直に流れで結論づけていいんですかね。


ああ、そうそう、当時の"普通の人たち"という意味で最初"大衆"と書こうとしたんですけど、これだと意味違っちゃいますよね。
で、"庶民"もなんか違う気がして最終的に"民衆"に落ちついちゃったんですよね。

いえね"大衆"にははっきりと近代の、"庶民"にはぼんやりと近世の香りがするんですね、僕的に。
つうか、当時、当時、といいますが、いや、僕がね、自分でいってるんですけどね。


で、当時といいますが、当時ていつですかね。

ほら、大化の改新から鎌倉幕府の成立までだったら550年間くらいあるんですけどね。
室町時代の応仁の乱から平成二十年代までくらいあるんですけどね。
これを"当時"の一言で片付けていいんですかね。


ん?おや?

つうか、もし、大化の改新をそれまでの旧弊を打破した革命と呼ぶのなら、下克上、戦国時代の幕開けとなった応仁の乱もまさに革命ではないですか。

そう呼ぼうではありませんか。

んでもって、旧弊を打破した大化の改新で成立した新しいシステムが旧弊となったとき、それを打破した鎌倉幕府の成立を革命と呼ぶのなら、そろそろ旧弊を打破した応仁の乱で成立した新しい精神を旧弊として打破する革命がおこってもいいころですよね。

と安直に流れで結論づけていいんですかね。



Ⅱ:でも"民衆"てことばの響き、なんとなく冷たくないですか?


は、さておき、んでですね、鎌倉幕府の成立から応仁の乱まではだいたい280年くらいなんですね。
んでも、これ目をほそ~く、ほそ~くして見れば、おもいのほか270年に見えないこともないんですね。

つうかこれむしろ270年じゃないか?
いや270年だろう、てな感じなんですね。

そうすると、だいたい徳川が天下を握った関が原の戦い(西暦1600年)から徳川が天下を奪われた戊辰戦争終結(西暦1869年)までと同じ期間なんですね。


は、さておき、ところで地方分権つうのはあれですかね、革命勢力をつくろうてことなんですかね、は物騒ですか?
つうかほんとうの野党というか中央政権への批判勢力をつくりましょってなことなんですかね。

ほら平安の王朝に対しての坂東武者、徳川に対しての薩摩や長州みたいに、「あ、なんならいつでも政権とってかわりますよ」つう集団をよそにつくりましょ、てなことなんですかね。

もちろん、いまさら西南戦争以来の内乱をやったるぞ~というわけではなく。

だって民主や自民なんて、藤原氏と平氏、でもなく、藤原氏の中の争い、江戸幕府の幕閣の争いでしかないやん、てなことなんですかね。

別にそういうわけではない?



は、さておき、大化の改新から鎌倉幕府の成立までがおおよそ550年。
つうことは藤原氏のみなさんは550年間も日本を支配していたんですな。
つうてもこの550年、大和・奈良・平安と基本的には戦争もなく平和な時代ですよね。

もちろん芥川龍之介さんの「羅生門」の世界というか「今昔物語」の"今は昔"な世界でもありますが、550年間政権がひっくり返らなかったということはそこまで悪い政治ではなかったんですかね。

つうか藤原さん、政治って何やってたんでしょ。
いまいち見えませんね。
ま、僕がそれを知る努力をしていないだけですけどね。

だって『真言密教の金剛界マンダラの成身会の「不生無礙常瑜伽」的存在地平の構造なんか、プラトンのイデア哲学やピタゴラスの世界像などを持ってくることによって初めてその独自の構造的整合性の成立が哲学的に可能』になる教義を作り上げた時代の人たちですからね。

まさか550年間「ホッホッホ、風雅やのぅ」とみんなして言ってただけともおもえませんよね。

も、さておき、そういえば佐藤さん。苗字。これ昔"藤原氏を補佐する"で佐藤だ、て何かで読んだ気がします。
ええ"気"です。

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